2008年10月23日

続・レッテルの話

はてさて。
今夜もレッテルのお話。
こないだ、相手にレッテルを貼ってませんか?などというお話をしたところ、ある方から「自分は、自分にレッテルを貼って本当の自分を隠して生きてきた…」と言われました。

そっか・・・・。自分で自分にレッテルを貼る場合もあるよね。ホントは弱いのに強がってみせたり、苦しんでる姿を見せたくなくていつもおちゃらけてみたり、ホラ♪私はいつでもこんなに明るい子よ〜♪って。

相手に貼ってあるレッテルを剥がすには、相手のふところに飛び込めば簡単だけれど、自分に貼ったレッテルは、ふところに飛び込んで来て欲しくないから貼ってあるんだものね。剥がせないよね。かなり勇気がいるよね。剥がすのは・・・・つらいよね。

ホントはさ。そのレッテルを全部派がしてしまった姿が、ありのままのあなたの姿なんだよね。本当の素のあなたなわけ。怖い?>素の自分を見られることが? どんな風に怖いの? その恐怖は絶対に堪えられないほどの恐怖なの? それなら、素の自分なんて無い方がいいくらいに価値がないの? 考えて…。よぉく考えて…。

「自分のことは自分が一番よく分かっている」というのはウソです。自分が分かっているのは、自分で貼ったレッテルの存在だけです。すべてのレッテルを剥がした後の素のあなたが、どれほど魅力的で人間的で愛おしい存在かなんて、あなたは知らないでしょう?

だからね。飾らなくていいよ。隠さなくていいよ。弱音吐いて涙流して甘えたっていいよ。それが、あなただとわかっているから、誰もみんな受け入れてくれると思うよ♪
posted by ふ〜&たちゅ at 19:45| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「自分にレッテルを貼って生きてきた」
そうかあ〜。私もそうだ。と思いました。
・・・・しかし、そのあと何かが違うと言う違和感
を感じました。

「レッテルを貼る」と言う言葉は、「人や物事の多様性を無視して、単純な類型(パターン)の枠組みで捉えて、その類型の名前で呼ぶこと」と言う事らしいです。つまり、他者や物事の本質を無視して偏見でこういう人だとかそういう物だ決め付けると言う事だと思います。

多分「ある方」は、自分に「レッテルを貼る」と言うのは「本当の自分を隠し、他者に偽装した自分を見せているという意味で使われたのだと思うのですが、それは自己を外界から攻撃を避けるための保護の意味があります。それには「レッテルを貼る」と言う表現には合致しないと思うのです。「仮面をつける」という意味で「ある方」は言っていた様に思います?

100%は自信ある意見ではありませんが、正確な日本語として、「レッテルを貼る」と言う言葉は他人に対して使われる言葉で、自分対して使う言葉ではないと思うのですが。結果自分にレッテルを貼ると言う表現は間違いで、自分に「レッテルは貼れない」と、わたしは思うのですが。

どうです、たまにはこんな真面目っぽいコメントがあるのもいいもんでしょう。
ふーっ、疲れた〜〜。
Posted by ま〜3 at 2008年10月23日 21:18
ま〜3.
おっしゃる通りです。言葉のアヤとしてレッテルと言う言葉を用いました。
ご本人も、私も、です。あやふやな言い回しでごめんなさい。
あ、それと大騒ぎしてた他のログ、しっかり消しといたからね。ふふふふふ♪
Posted by ふ〜 at 2008年10月24日 10:24
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